沿革

  都窪歯科医師会の名称にある「都窪」は、現在の岡山県都窪郡の範囲とは必ずしも一致しません。現在の岡山県都窪郡のうち、現在都窪歯科医師会に含まれるのは早島町のみで、山手村、清音村は含まれていないのです。そこでこの場を借りて都窪歯科医師会沿革について少しご紹介します。

 

  古く明治時代にはいくつの歯科医院があったかはっきりしませんが、大正時代には何人かの先生方が都窪郡内にて開業されておりました。
調べてみますと、現会員の林先生の御祖父先生が「都倉支部」の初代会長ということがわかりました。 「都倉支部」とは、現在の都窪郡と倉敷旧市部分、現倉敷市歯科医師会との合同支部ということで発足しました。
また当時山手村、清音村には歯科医院がなく、生坂の山の向こう側ということで都倉支部には入っておらず、現在では吉備支部になっております。

 

  さて、都倉支部が「都窪支部」と倉敷各支部にいつ分かれたかについては定かではなく、戦前、戦後頃だろうとのことです。その後町村合併により、庭瀬町、妹尾町が岡山市へ、茶屋町、庄村、豊洲が倉敷市へ吸収合併され、早島町のみが旧都倉支部内の都窪郡として残っているわけですが、町村合併以前に「都窪支部」となっていたため、合併後も「都窪支部」のまま現在に至っています。
  現在の岡山市、倉敷市との支部境界は、担当小中学校の学区境界ということで分かれており、旧都窪郡とは前出の山手村、清音村同様若干違いがあるようです。

 

  都窪歯科医師会の名称は1996年頃に「岡山県歯科医師会 都窪支部」より変更しています。これはその頃会員数も45名程度に増加し、また、行政と訪問歯科診療や検診等にて会合、協議の機会が増加したためです。
  介護保険も導入され、今後は岡山市、倉敷市との行政との折衝の機会も益々増えますし、また岡山市歯科医師会、倉敷市歯科医師会との連合協議会も増えることでしょう。
  都窪歯科医師会としては今まで以上に地域に密着した地域医療に貢献していかなければならないと思います。今後ともよろしくお願いいたします。